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タグ: 科学技術

登録日
2011/1/31 14:00
カテゴリ
一般
ISBN
4794217935
感想

 

パウリの排他律、ニュートリノの予想、CPT対称性の定理と、量子力学の発展に大きく寄与し、アインシュタインからは後継者と言われ、吉田伸夫氏の『光の場、電子の海』では「怪物」「物理学の世界に完璧なものがあるとすれば、それはパウリの論文」と評される物理学者パウリについての伝記。当然、ノーベル物理学賞を受賞しています。
 
前半では、パウリの生い立ちと物理学の世界での成功と挫折が丹念に綴られます。しかしそこに描かれているのは、『光の場、電子の海』での自信満々な物理学者というイメージとは違い、不安定で、破滅的な面が度々現れるパウリでした。
パウリの排他律の発見、ニュートリノ粒子の予測、量子電磁気学への寄与と物理学界での成功が語られた後、家族の不幸などが引き金となってパウリは精神的に破綻をきたします。そして対立していた父親の勧めでユングの治療を受けるところから本書の後半が始まります。
 
パウリはユングに自分の見た夢を語りながら、自分に欠けたものを見出し治癒していきます。ユングはパウリの見た夢を自分の理論によって的確に解釈していきますが、なんだか理論に合わせて作った話じゃないかと思うくらい出来過ぎに展開していきます。そもそも僕なんか、1週間に1回、見た夢を覚えてればいいほうなんですが、見た夢をかなりの頻度で覚えているって人も中にはいるのかな。パウリは実に、1000以上の夢の記録を残しているそうです。それはともかく、本書で紹介されているパウリの見た夢を幾つか取り上げてみましょう。
 
「その数日後に見た夢では、パウリは、一匹の蛇が自分の尾に食らいついて作りだした円の中心に釘付けになっている。」
 
どう読んでも、ウロボロスですね。
 
「ウロボロスによって丸く囲まれた領域は保護された「聖域」であり、夢をみる人物---いまの場合で言えばパウリ---は、このなかにいれば自分の無意識に安全に向きあうことができる」
 
「この後、パウリはヴェールをかぶった女性の夢をみた。」
 
「ユングによれば、この女性が姿を現したのは、安全に姿を見せることができる聖域を蛇が作り出していたからだった」
 
「母の夢を見てからほどなくして、パウリは見たことのない女性が球体の上に立って太陽を拝んでいる夢をみた」
 
「この女性こそパウリのアニマなのだ。パウリがこの女性を太陽崇拝者と見なしたのは、こうした女性は古代世界の秘教的信仰によく見られるからだった。」
 
「パウリは自身の知性をアニマから分離させることで、アニマをこの古代世界の中に埋もれさせていた。現代世界の場合と同じように、科学の発展に不可欠の合理性が卓越した地位を占めることによって、アニマは人間の精神の背景へと追いやられていたのである。」
 
このように本書の後半は物理学から離れた部分がほとんどでしばらく戸惑うのですが、これはこれで面白い。
 
パウリはユングの治療をうけるようになり、精神分析と夢診断、さらには錬金術に興味を持ち、ピタゴラス教団、ゲマトリアといった数秘術にも手を伸ばします。本書の後半で繰り返しでてくるのが、「3から4への移行」です。これまた大変面白い話なのですが、詳細は本書をお読みください。
本書の題名となっている「137」は、量子力学で出てくる微細構造定数(の逆数)だそうです。パウリはこの数字にも惹かれ、なぜ「137」なのかを探っていたようですが、最後の章でそのことが仄めかされているだけで、答えが示されないのはもちろん(今も不明)、パウリがどれほど関わっていたのかもあまりはっきり書かれていなくて、ちょっと肩透かしをくらいます。それまでが素晴らしかっただけに、ちょっと残念。
本書は翻訳本ですが、全くそれを感じさせない自然な文章になっていて、それもまた素晴らしかったです。
 
【参考】
20世紀前半の相対性理論と量子力学を中心とした物理学史についてはこちらが面白く読みやすいです。
光の場、電子の海―量子場理論への道 (新潮選書)
吉田 伸夫
新潮社
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パウリと同時代に活躍したディラックの本も最近出ましたので、こちらもいいかも(未読ですけど)。
量子の海、ディラックの深淵――天才物理学者の華々しき業績と寡黙なる生涯
グレアム・ファーメロ Graham Farmelo
早川書房
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評価
4